映画 / スターウォーズ エピソード9 スカイウォーカーの夜明け

2020-01-11 ベトナム・ホーチミン CGV Gigamall 2Dベトナム語字幕で鑑賞

前作 映画/スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ

スターウォーズってそもそもユルい映画でそいうユルさにすごい映像とかっこいいデザインがくっついている映画だった。ストーリ自体はどこにでもあるような昔話、おとぎ話だった。

そういうことをおもいださせてくれる〆だった。 よく言うとこんな感じ。

映画ってそういうもんだったよね。エピソード7の「フォースの覚醒」では元ストームトルーパーのフィンが出てきて、敵のストームトルーパーもやたら強くて、映像のディティールは深まったわけだけど、今作では原点回帰という感じで、百発百中で適当に死ぬ背景としての雑魚に戻っていて、それでいいような気がする。

深く長い歴史がある映画だからそれに伴ってツッコミどころが満載でもうどう感じていいのやらよくわからない。

結構みんな思っているのと同じような感想。

結局パルパティーンが「神」だったということでいいのか? 映画/スターウォーズ エピソード1 ファントム・メナス から彼が全部仕組んだモノだしその結果バランスがもたらされるように自分から負けているような部分もある。カイロレンはそれに感づいたからあの行動をとったともとれる。

パルパティーンが言っているフォースの暗黒面(と言っている)の能力はジェダイのフォースよりも強力で便利で、最終的には死んだ人を生き返らせるのも可能になるという、完全に神の能力だし。 今回のレイもその力を使って傷を直してたし。

つまり、ダース・ベイダーがやり遂げられなかったことというのは「神」になること(によっての母親やパドメの復活、世界のバランスの達成)であって、 カイロレンもルークとの修行の中で、その「神」に気づき、最初はそれ目指した。

ベイダーはいい線まで行ったんだから、とりあえずそれを真似しよう、カイロレンはそれで暗黒面にかぶれることになる。映画/スターウォーズ エピソード7 フォースの覚醒 のカイロレンのキャラクター造形がやたらガキっぽく不安定なのも、暗黒面ごっこを目的達成のために本当の本心とは別にやってるからならわかるような。

しかし、暗黒面っぽいことやってるのに、フォースは全然強くなんないし、普通にライトサイドの代表であるルークにしてやられるし、フォースの暗黒面なんかホントはなくて、暗黒面というのは「もっと上級の神」が世界のバランスを保つために使っている方便なんじゃないの?って気づいた。

じゃ、暗黒面とかほざいている本当の神を探すぞということでパルパティーンに行き着くわけ?

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